僕は最近革靴派です。
革靴は足に馴染むと本当に履きやすく、出来れば気に入ったものを長く履きたい派です。
Instagramでも革靴関連の投稿をされているアカウントをフォローしています。
そしてつい先日も何か新しい情報はないかとInstagramを見ていました。
そうしたら靴の写真ではなく、靴を磨いている写真が出てきました。
なるほど、靴磨きはした方が良いということはなんとなく聞いたことがあります。でもやったことはありません。
その時も「やった方が良いんだろうけど、面倒だし道具揃えるのも大変だな〜。」と、特に靴磨きをしようとまでは思いませんでした。
こんなに早くカサカサに!?
後日新しい靴を見に行った時のこと、靴屋さんの店員さんから『手入れをすると今履いているその靴もピカピカになる』ということを教わりました。
確かに今履いてる靴、前はもっとピカピカでした。やっぱり手入れすると違うんですね。
そう、今履いてるお気に入りのローファー、最初はピカピカで綺麗だったのに今はツヤもなくなんかカサカサしてます。
家に帰り、「この靴いつ買ったんだっけ?」と考えてみたら、以外とまだ3ヶ月ぐらい。
こんな短期間でこんなに汚くなったのか!驚きです。
靴磨きしてみようかな
これでは靴が足に馴染む前に壊れて履けなくなってしまうので靴磨きをしてみようかと思い、店員さんに聞いた手入れの方法を自分でもググってみました。
そして手入れの方法もピカピカに磨くだけではなく革に栄養を与えたりシューキーパーでシワや型崩れを防いだりと色々な方法があることを知りました。
そしてそれを知ったと同時に、「ハッ!」と思ったことがあります。
「これってヘアケアと同じやないか!?」と。
買った時の良い状態をその後の毎日のお手入れで長持ちさせたり、履き心地も良くなったりする反面、手入れしないと長持ちしないところなど髪型と同じです。
だとすればいつもお客様に「髪の毛を大事にしましょう」「ヘアケアしましょう」と言っている毛髪診断士の自分が靴も手入れできていないのではいけないと、毎日のヘアケアを呼びかけるのなら自分も靴の手入れを毎日しよう!と言う考えに至りました。
靴磨きから学んだこと
よくビジネス書などには
成功者は靴がピカピカだ。
ということが書いてあります。
きっとピカピカな靴が仕事運を上げるとかそういうことではなく、常に足先まで意識を向けているところやそれを毎日継続、注意できるところが成功の秘訣なんでしょう。
そう言えば靴の手入れを教えて下さった靴屋さんは靴もピカピカでしたが、髪もツヤツヤでした。
これも本で読んだのですが、やはり靴磨きをする成功者は髪の手入れも欠かさない傾向にあるそうです。
足先に意識を向けられる注意力がある方は、髪の毛もツヤツヤに保つことができるということでしょうか?
ヘアケアも靴と同じように日々意識して継続することが大事です。
ということで皆さん、毎日しっかり継続しましょう!
と、今までならこれでこの記事を終えていたでしょうが、
僕が最初靴磨きをしようと思わなかった理由は『やり方がわからない』『大変そう』『必要性を感じない』この3つ。
必要性を感じていなくて大変そうなのにやり方を調べてまで靴を磨くわけがないですよね。
もしかすると、ヘアケアをしたことがない方の中には僕が靴磨きをしたことがないのと同じ理由の方もいるのかもしれません。
そう思うと、今までのこのブログのヘアケアの方法や疑問にお答えする内容にだけでは興味は湧いたとしてもそれが毎日継続する理由になるとも思えません。靴磨きを通じて、もう一つの『必要性』を見出すことが1番大事だということを改めて学びました。
自分ができることを考えました
僕が靴磨きを必要だと思ったのは、『食べ物と同じく、動物の命を分けてもらっている革なので敬意を払って大事にしたい』『足に馴染んだ靴を綺麗な状態で履くため』『多くの成功者がしていると聞き、見習いたい』『人にヘアケアを勧めるなら自分はヘアケア以外もしっかりやる』こんなことを思ったからです。
ヘアケアの必要性は毛髪診断士で美容師の僕にとってあまりにも当たり前すぎて考えたこともありませんでした。『良い髪の状態をキープする』それだけで十分でしたが、そうでない方もいるでしょう。
僕の『多くの成功者がしていると聞き、見習いたい』のように新たな角度からヘアケアを始めてみようと思う方もいるかもしれません。
そのためにはヘアケアの方法論中心のブログからもう少し幅を広げた内容が必要なのかもしれませんね。
今後はそういった内容も増やしつつ、僕も靴以外にも手入れするべきことは多々あるのでしょうがまずは靴磨きを継続していきます。
(靴磨きの達人によると習慣化してしまえばやらずにはいられなくなるらしいですよ)
道具を揃えたり毎日手入れするのは最初はしんどいかもしれませんが、慣れてしまえばお風呂や歯磨きのようなものだと思って続けていきます。